●○●  [フォトン・ベルト レポート] 第17号 2005/9/28
○●○  宇宙の法則研究会   より転載

エリザベス・キュープラ・ロス  「人生は廻る輪のように」(1998年角川書店刊) 

『学ぶために地球に送られてきたわたしたちが、学びのテストに合格したとき、卒業
がゆるされる。未来の蝶をつつんでいるさなぎのように、たましいを閉じこめている肉
体をぬぎ捨てることがゆるされ、ときがくると、わたしたちはたましいを解き放つ。そ
うなったら、痛みも、恐れも、心配もなくなり・・・・・美しい蝶のように自由に飛翔
して、神の家に帰っていく・・・・・・そこではけっしてひとりになることはなく、わ
たしたちは成長をつづけ、歌い、踊る。愛した人たちのそばにいつもいて、想像を絶す
るほどの大きな愛につつまれて暮らす。
 幸運にめぐまれれば、わたしは、もう地球にもどつてきて学びなおす必要のないレベ
ルに到達するかもしれないが、悲しいことに、とわの別れを告げようとしているこの世
界にたいしてだけは不安を感じている。
 地球全体が苦しみにあえいでいる。地球が生まれてからこのかた、いまほど衰弱した
時期はない。あまりにも無思慮な搾取によって、地球は長いあいだ虐待されてきた。』

 『間もなく地球がこの悪行を正す時期がくると、わたしは信じている。人類の所業に
報いる大地震、洪水、火山の噴火など、かつてない規模の自然災害が起こるだろう。わ
たしにはそれがみえる。わが亡霊たちからも、聖書に描かれているような規模の大異変
が起こると聞いている。それ以外に、人びとが目ざめる方法はないのか?自然をうやま
うことを説き、霊性の必要性を説くためにとはいえ、ほかに道はないのか?

 目には未来の光景が映っているが、わたしのこころはあとに残していく人たちに向け
られている。どうか、恐れないでほしい。死が存在しないことを想起さえすれば、恐れ
る理由はなにもない。恐れることなく自己をみつめ、自己について知ってほしい。そし
て、いのちを、やりがいのある課題だとみなしてほしい。もっとも困難な選択が最高の
選択であり、正義と共鳴し、力と神への洞察をもたらす選択なのだ。』

 『人生に起こるすべての苦難、すべての悪夢、神がくだした罰のようにみえるすべて
の試練は、実際には神からの贈り物である。それらは成長の機会であり、成長こそがい
のちのただひとつの目的なのだ。

 まず自分を癒さなければ世界を癒すことはできない。準備がととのい、それを恐れさ
えしなければ、その人は自力で霊的体験をすることができる。グルやパパに教わる必要
はない。わたしが神と呼ぶ、その同じ本源から生まれたわたしたちはだれでも、神性を
賦与されている。
 自己の不死性にたいする知識は、その神性から生まれる。自然に死ぬまで生きなけれ
ばならない
。ひとりで死んでいく人はいない。だれもが想像をこえるほど大きなものに
愛されている。だれもが祝福され、みちびかれている。

 人は自分がしたいと思うことしかしない。それを知ることが重要だ。たとえ貧しくて
も、飢えていても、粗末な家に住んでいても、十全に生きることはできる。地球に生ま
れてきた者の使命さえはたしていれば、この世で最後の日にも、自己の人生を祝福する
ことができる。
 いちばんむずかしいのは無条件の愛を身につけることだ。死は怖くない。死は人生で
もっともすばらしい経験にもなりうる。そうなるかどうかは、その人がどう生きたかに
かかっている。
 死はこの形態のいのちからの、痛みも悩みもない別の存在形態への移行にすぎない
愛があれば、どんなことにも耐えられる。どうかもっと多くの人に、もっと多くの愛を
あたえようとこころがけてほしい。それがわたしの願いだ。永遠に生きるのは愛だけな
のだから。』