「日蓮」(著者 佐藤弘夫)より転載
釈迦入滅後、いまだ著されることのなかった観心の本尊を、仏滅後2000年を経た第五番目の五百年(五五百歳)のいまになってはじめて明らかにする、という意味を持つ。末法の世において、唱題という実践によって万人が成仏しうる根拠を解き明かした本抄は、日蓮が確立した独自の信仰とその理論をもっとも体系的に示した著作である。
法華経では、釈尊が仏滅後の衆生救済のために、この経を地涌の菩薩に授けたと記されている。とはいっても、能力の劣った末法の衆生が、「五種法師」といわれる伝統的な五種類の修行ー受持・読・誦・解説・書写ーに堪えられるわけがないではないか。仏が万人の成仏を期してこの経を授けたとすれば、その内容は必ずやだれもが実践可能な形態であるに違いない。唱題こそがそれにふさわしい。しかし、そうであるとすれば、法華経の本文とその題目とはいったいどのような関係にあるのだろうかー。
ー法華経に説かれる虚空会で、釈迦が大地から涌きだした菩薩たち(地涌の菩薩)に授けた法とは、実は法華経そのものではなく、その題目だったのだ。そして末法のいま、みずから唱題を実践し、それを人に勧める日蓮こそは、経文に説かれた地涌の菩薩にほかならないのだ。
日蓮はそれを記憶から消し去っていた。だが、いまそれは鮮明に呼び覚まされた。彼は遠い過去に、聴衆の一人として法華経の虚空会の座に連なっていた。彼は、空中に忽然と出現した巨大な宝塔に居並ぶ釈迦・多宝の二仏に向かって、無数の地涌の菩薩たちとともに合掌し唱題していた。ーその光景が、いまありありとその脳裏によみがえった。日蓮は経文の背景に秘められた仏の真意を、ついに発見したのである。
かって南岳(恵思)・天台(智)が百界千如・一念三千の教理を詳しく展開したが、題目だけはついに顕彰するすることがなかった。それは彼らが地涌の菩薩ではないために、虚空会の儀式で釈迦から題目の弘通を委嘱されなかったからなのだ。末法に弘通すべく、地涌として題目を授けられた日蓮と、彼らの決定的な違いはここに存在するのだー。
ここにいたって唱題は、もはや他の修行ができないものがなすべき、低劣な行ではなかった。経典の一部でもなかった。法華経の真実ー釈迦の悟りの中身は、一つも漏らさずこの五字の題目に網羅されている。題目こそは仏が直々に授けてくれた法であり、末法における至高にして唯一の救いの道だった。
「一念三千を識らざる者には、仏大慈悲を起し、五字の内にこの珠をつつみ、末代幼稚の頸に懸けしめたまう」(観心本尊抄720頁)
題目は仏が慈悲の心でもって末代の衆生に与えてくれた法であるがゆえに、難しい教理など一切知らなくとも、ただ題目を唱えるだけで、本門寿量品に説き尽くされた一念三千のすべての功徳を自然に譲り受けることができるのである。開目抄の「本門寿量品の底にしずめたり」という言葉は、まさにこのことを述べたものだった。日蓮はこれを天台の「理の一念三千」に対して、「事の一念三千」とよんだ。
あらゆる衆生は、その心中に「無始の古仏」=永遠なる仏の命を具有している。それはとりもなおさず、無限の過去に虚空会において本仏から附与された地涌としての使命を、だれもが分かちもっていることを意味しているのだ。したがって、衆生はその出自や身分にかかわらず、みずからの仏性を自覚し広宣流布の使命に目覚めたとき、その人物は地涌の菩薩にほかならない。