アインシュタイン
<人生について>
ああ、悲しいかな。エゴと競争心は、公共心と義務感より強い。
われわれが正直に行動するのを許されているのは、生まれる瞬間と死ぬ瞬間だけだ。
別に深く考えなくても、日常生活の中で、わたしたちは、他の人々のために生きているということがわかるものです。
この諺には真実がある。「人に対して正しく賢明な助言をすることはできる。しかし、自分が正しく賢明に振る舞うことはむずかしい」
<自然科学とその研究について>
過去、現在、未来の区別は、どんなに言い張っても、単なる幻想である
空間とは、物事の単なる背景ではなく、それそのものが自律的な構造をもっているのです
肉体と精神はふたつの異なるものではない。同じことをふたつの異なる形で知覚するというだけのことだ。同様に、物理学と心理学も、われわれの体験を系統的な思考によって結合させようとするふたつの異なる試みに過ぎない
目の見えない虫は、球の表面を這っているとき、自分が通ってきた道筋が曲がっていることに気づかない。
わたしがそれを発見できたのは幸運だった
<哲学、そして、人間性について>
人間とは、わたしたちが宇宙と呼ぶ全体の一部であり、時間と空間に限定された一部である。わたしたちは、自分自身を、思考を、そして感情を、他と切り離されたものとして体験する。意識についてのある種の錯覚である。
この錯覚は一種の牢獄で、個人的な欲望や最も近くにいる人々への愛情にわたしたちを縛りつけるのだ。
私たちの務めは、この牢獄から自らを解放することだ。それには、共感の輪を、すべての生き物と自然全体の美しさに広げなければならない。実質的に新しい思考の形を身につけなければ、人類は生き延びることができないだろう。
道徳・宗教
野望や、ただの義務感からは本当に価値あるものは生まれません。それは、人や対象となる物への愛と献身から芽生えます。
宗教なくして科学は不具であり、科学なくして宗教は盲目です。
神の前では、われわれは平等に賢く、平等に愚かです。
すべての人は、目に見えない笛吹きの曲に合わせて踊っている。
わたしは、生へのおそれや、死へのおそれ、あるいは盲目的な信仰に基づいた神の概念は受け入れることができません。わたしには、人格神が存在しないということを証明することはできませんが、かといって、わたしが神について話すのは、嘘をつくことになってしまします。
わたしは、この世に生きているすべての人々との連帯を強く感じていますので、ひとりの人間がいつ生まれていつ死ぬかということには、関心がありません。
学習・教育
何かを学ぶためには、自分で体験する以上にいい方法はない。
知識は、ふたつの形で存在する。ひとつは、本の中に、生命のない形で。もうひとつは、人の意識の中に、生きている形で。後者こそがとにかく本質的なものである。前者は、絶対必要であるように見えるが、たいしたことはないのだ。
智恵とは、学校で学べるものではなく、一生をかけて身につけるべきものです。
政治・戦争・平和
寛容であるということは、他者の行動や気持ちに無関心でいるということではありません。そこには理解と共感がなければなりません。最も大切なのは、個人に対する、社会や国家の寛容さです。
人間の邪悪な心を変えるより、プルトニウムの性質を変えるほうがやさしい。
わたし自身について
賞賛による堕落から逃れる方法はただひとつ。仕事を続けることである。人は立ち止まって賞賛に耳を傾けがちであるが、唯一なすべきは、賞賛から目をそらし、仕事を続けること。それ以外の方法はない。
人々が努力して手に入れようとする陳腐なもの−所有、物質的な成功、贅沢−は、わたしには少年時代から卑しむべきものに思われてきました。