ささやかな外食
2003/1/27
ある日、その家族は月に1度あるか無いかの外食に出かけた。
お世辞にもリッチとは言えない、リーズナブルな回転寿司の
暖簾をくぐった...
その家族はそれほど裕福では無かった。
世の中の不況に違わず、ボーナスを減らされ、残業はカット
されたその家族の主人の晩酌はビールから発泡酒、そして
焼酎へと様変わりしていた。
微々たる貯金はあるものの、毎月の赤字財政に圧迫され、それ
も食い潰さんとする勢いである。
主人の口癖は「早ぐ景気がよぐならねがなぁ〜」であった。
その家族の生活水準は「中の下」といったところだろうか。
そんな生活をしていても「寿司食いにつれでいぐっていったねが」
と何時ぞやの約束を忘れず口にする子供達にせがまれ、ようやく
回転寿司に出向いた。
久々の外食。子供達ははしゃぎ、目を爛々とさせ、食い入る様
に次々と回ってくる寿司を覗き込む。
娘の「はらへったぁ〜」の合図を皮切りに一斉に皿に手が伸びた。
口一杯に寿司を頬張りながら、まるで寿司なんか食べた事の無い
人種の様に次の獲物を狙っている。
それでも、その主人は満足だった。
子供達の喜ぶ笑顔、満足げな口元、それを見ているだけで満足
だった。
久々のビール、肴はタダ(無料)のがり、それでも満足だった。
ふと見ると、絵柄の違う皿が重なっていた。
それまでの一皿100円と明らかに異なり、プラスチック製とは
いえ、ほろ酔い気分の主人の目からでも高級感が確認できていた。
おもむろにメニューへ目をやると「600円」の2文字が主人の
目に突き刺さってきた。
「あど、やめれ。」
野太い声が主人の口から発せられた。
寿司なんか食べた事の無い人種達の目線が、一斉に主人に向けら
れ手が止まった。
3本目のビールに手がかかっていた主人は、はっと我にかえり
「その色の皿に..しておげ...」と今にも裏返りそうな声で
前述を覆した。
どれだけの時間が過ぎただろうか。
その家族の後からきた隣りの席の家族はもうお愛想を済ませている。
次男の「はらつえ〜」の言葉に、かみさんが反応し帰る事になった。
主人はビール瓶から最後の一滴まで絞り出し、それをあおると席
を立った。
「8500円になります。」
この言葉がずしっと圧し掛かる。食い逃げするわけにもいかず、
かみさんは娘とふたりで勘定をしていた。
長男は店の玄関で帰る準備万端だ。
次男は..おや?姿が見えない。
長男に尋ねるとトイレに行った様だ。
「なんだって行儀の悪い」と眉間にシワを寄せて主人が呟いた。
しかし、動物は本来ものを口にするとトイレに行きたくなるもので
ある。人間は理性でその欲求を制してるのだ。
まだまだ子供...と納得して次男を待つ事になった。
...なかなか帰ってこない。
主人はかみさんに急かされトイレへ様子を見に行った。
「おえっ!」ばちゃ
「げふっ!」べちゃべちゃべちゃちゃっ
「ん?」この音、この匂い、これは正に飲み過ぎた時に自分も公園の
側溝へした事のある行為だと主人は直感した。
トイレから出てきた次男の「食い過ぎだ..」の言葉に主人はぶち
切れた。
「バガヤロー!」
「俺はがりしかくってねーんだ!!」
帰りの車中、次男は怒り心頭のかみさんから罵倒を浴びせられたのは
言うまでも無い。
それ以来、回転寿司でその家族を見掛ける事は無かった。