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2008年2月ベトナム訪問団報告

 1月30日から2月3日までベトナム社会主義共和国を訪問しました。
  今回の視察団は、NPO MOAが国際文化交流事業の一つとして「ツーヅー病院や友好運動団体や枯れ葉剤被害者団体などとの交流を重ね、交流先の団体等に訪問団の紹介を積極的に行い、枯れ葉剤被害者支援を強化する」ことにもとづき取り組まれました。
            フエさん        イベント

 NPO MOAの加来代表理事を団長に医療関係者を中心に、11人(医学部教授・1、医師・1、看護師・3、保健師1、市・町会議員各1、労組役員2、添乗1=男6人、女5人)で構成する訪問団となりました。
1月31日朝8時過ぎにAC銀行、赤十字協会、市公園局共催の子供たちへの支援事業(枯れ葉剤被害者を中心にした催し)の市内の遊園地で行われたチャリティイベントに、ベトナム赤十字協会ホーチミン市支部理事長 グエン ティ フエさんの招待で参加することができました。私たちに事前情報にない全く予測外のことで、遊園地に案内されたときは驚きを強く感じました。
 このなかで「枯れ葉剤による身体の障害は重いが、心の障害はもっと重い。心に障害が無ければ重い身体の障害も乗り越えられる」との歌われる歌を、通訳が涙ながらに訳している姿を見る等、多くの参加者と感動を共にすることが出来ました。
 イベント参加者に日本の大阪からNPO MOAの訪問団が参加していることが紹介され、壇上でフエ理事長に多忙の中の対応に感謝の意を表し、団のお土産等を手渡しました。このイベントはTVでも放映されていました。
 その後、ホーチミン市内にあるツーヅー病院を表敬訪問し、枯れ葉剤被害者支援事業として支援金を贈呈しました。昨年、兄ベトさんを亡くされたドクさんにNPO MOAからの弔意を贈りました。病院内で開催された昼食会で、これまでの交流の積み重ねから出席されたタン平和村所長やドクさん夫妻などと和気藹々の交流会となりました。

            ツーヅー病院       贈呈式
 昼食後、これまでの枯れ葉剤による被害状況の報告と昨年7月に21才の母親が出産した第3世代の二重胎生児(死産)の標本などの説明をうけ、ベトナム戦争終結後38年を経た今も土壌を汚染している生々しい実態に驚くばかりでした。枯れ葉剤被害を受けた子供たちが入院している施設内も見学、障害を持ちながらも健気に生きる姿に感動しました。また枯れ葉剤被害にたいする国の取り組みについて報告を受けました。
 ツーヅー病院では、病院スタッフが約1,800人、ベットが1800床、1日に130人が出産するとこのことで、日本でこんな大きな産婦人科(小児科併設)病院は考えられないですね。
今年、3月初めから2ヶ月間大阪に研修派遣される2名の医師とも懇談。「日本の先進的な医療を学んでベトナムで役立てたい」と抱負をのべていました。
 午後、ホーチミン市にある戦争証跡博物館を訪問、ベトナム戦争当時の記録写真や泥沼化した悲惨さを伝える記録、米軍の戦車や航空機などを見学した。その後バスから車窓見学した後、夕刻空路でダナン市に向かい到着後、ホイアンへ移動しました。
 2月1日、この日は一日ホイアンを見学。午前中は世界遺産に登録された「ミーソン遺跡」を見学しました。この遺跡は、2〜17世紀に栄えたチャパ王朝の中心的聖地(ヒンズー教)でベトナム戦争当時は、解放戦線が陣地を築いたりしていたため米軍の砲撃で大きな損傷を受け、現在は、戦禍を逃れた遺跡群を世界遺産に登録しています。
 ホイアンは、アジア交易の中心地で16〜17世紀まで日本からもホイアンに進出し、日本人が約1,000人以上が暮らし、墓も残っています。1953年に日本人によって架けられた来遠橋(日本橋)という名の屋根付き橋があります。道が狭いため私たちは「シクロ」(人力タクシー)に乗って見学しました。
 2月2日、ダナン市内を見学後、夕刻空路でハノイ市に向かいました。ハノイ市は、ホーチミン市から比べると気温が26度も低く、今年はとくに強い寒波の影響で最高気温が10度と寒かく、温暖な気候のため各施設に暖房設備がないのでハノイ空港に着いたときは寒さで震え上がりました。空港にはNPO MOAのベトナムハノイ事務所長の浅田副代表理事と日本語学校で学ぶ女子学生が出迎え。民族服を着て立っている姿を見て、知らない人はベトナム人が居ると勘違いもしていました。
                    

 ハノイ市は、人口300万人。バイクが200万台、昨年12月15日からヘルメット着用が義務付けられ、高速道路は車は有料、バイクは無料となっています。
 バイクは、ホンダ製が1台17〜18万円。中国製は7〜8万円(日本円で換算)と半額、しかし耐用年数は短いために人気はありません。
最近は、寒波の影響で平均気温が7度以下になり学校が休校となりました。(学校に暖房施設が完備していないため) ハノイ市周辺には、日本から進出している企業団地があり、ホンダ、ヤマハ、ナショナルなどの看板も目立っていました。
 2月3日の午前中、ベトナム社会主義共和国創設の父「ホーチミン主席」の遺体が安置されている「ホーチミン廟」を見学して儀仗兵に守られた遺体と対面しました。普段は長蛇の列が並び一時間近く待たないと対面できませんが、ちょうど旧正月(テト・春節祭)と重なったため、待たずに見学を終えることができました。
 その後、バスで移動後ベトナム枯れ葉剤被害者協会(VAVA)のグエン・ドック・ニャン副会長が勤務する、ハノイ中央眼科病院を訪問し懇談しました。
 ニャン副会長から、枯れ葉剤被害をパンフやビデオを上映しながら説明を受けました。2006年3月にハノイで枯れ葉剤被害に関する国際会議を開催し、米軍に販売したアメリカの製薬会社を相手に損害賠償をアメリカの裁判所に提訴しました。しかし、第1回目の裁判は数日の審査で原告側敗訴とし却下されたと報告がありました。控訴審がいま闘われていますが、アメリカ国内で世論を喚起する運動を通じて「枯れ葉剤被害」の実態を広く呼びかけています。
 これまでベトナム戦争に従軍したアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどの退役軍人が1984年以降次々に裁判に訴えています。この裁判で元アメリカ兵には、製薬会社が1800万ドル(約36億円余り)を賠償しています。ニュージーランドでも自国の裁判所で30億ドルの損害賠償を提訴しています。韓国の退役軍人7000人が韓国の裁判所で起こした裁判では、600万ドルという判決が出たが製薬会社は補償金を支払っていません。
ベトナムでは、被害者協会が被害者から委任を受けてアメリカの各製薬会社に責任を取るよう強く迫っています。最後にNPO MOAから被害者支援の志を寄贈しました。
 午後は、ハノイ市内を見学。夜、ホテルで夕食会を開催しました。これまでNPO MOAの運動に大変協力をしていただき、ハノイ事務所設立にも尽力をただいたベトナム在日本大阪元総領事のファン・クァン・トーさんの奥さんと娘さん浅田所長を招待し懇談を行った(元総領事は海外出張)。懇親会はベトナムの最後の夜にふさわしいものとなりました。
 訪問団は、ハノイ空港夜の24時10分発(定刻より40分遅れ)で出発し、帰国の途につきました。
旧正月2月7日を前にした、あわただしいベトナム社会の風景を垣間見る事も出来、ホイアンでも忙中閑ありの貴重な一時、団員のハイフォンで暮らす家族との面会等もあり、初めて出会った人も多い団でしたが、別れるときは気持ちよく再会を約束できる訪問団となりました。皆さんに感謝します。

                   NPO MOA理事 加来洋八郎・垣沼陽輔

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